Buzzing noise.

散らかった頭の中をさらに書き散らかしています

ジェンダー研究のススメ。

上野千鶴子の講演を聞きに行った。上野さんの話を聞くのは、初めて。タイトルは、「ジェンダー研究のススメ」。女性学以前は学問は基本的に「男性の」学問であったこと、男女雇用機会均等法の裏でパートタイム労働法の制定、労働基準法の改定(女性労働を男性並みとするのを可能とした)が行われたために、男女の賃金格差は小さくならないこと、コース別人事によってそもそものライフコースが分離させられ女性の非正規化が進んだこと、など知っている話が多かったが、あれだけこのトピックをわかりやすくおもしろく話す人はあんまりいないなという気がした。
わたしの大学での講演で、上野さんも学生向けに準備をしたのだろうという内容だったけれど、公開講座だったためか、客席は高齢層ばっかり。みんなもっと聞きにきたらいいのに。東大女子(京大女子)は、仕事での成功に加えて、女としての成功(結婚、妊娠、出産)も求められて大変だよねえ、という言葉は、ちょっと泣けた。階層としては上のほうにいるし、比較的恵まれた状況にいる、と自分では思っているけど、やっぱりつらいものはつらいわけで、そこ、ストレートに大変だよねと言ってもらえたことってなんだかんだあまりない気がして。女性の分断ということを考えさせられる瞬間だった。

ただ気になったのは、質問タイムで性産業に従事している女性に関するものが出て(こういうジェンダー系の講演会に必ずいる、女性の貞操とか言いたがる系のオジサンからの謎質問)、そこで上野さんがしきりに「風俗業につきたくてつくひとはいない」「経済的に困っているからこそあのような職業に就く」というような主旨のことを述べていたこと。さすがに、えーっ、まじでそれ言っちゃう、という感じで最後にちょっと萎えた。

上野さんが「男」「女」という性別二元カテゴリーを強化、もしくはその意味を問わない形で論理を展開するのは、女性差別が根強い日本の社会において、その女性差別を克服するためにはまず「女」カテゴリーに対する様々な抑圧をなくすということが念頭に置かれているからなのだろう。戦略的にそれを行っていることはよくわかるが、クィアなコミュニティにしばらくいたわたしにとっては、やっぱり「男」「女」という言葉を但し書きを付けることなく使うということは、ちょっと時代遅れな感じがしてしまった。